日本在来馬を知っていますか?
「日本在来馬」ってなあに?
世界には250種類以上の馬がいます。
馬が人によって家畜化されて以来、農業のため・荷物を運ぶため・人を乗せるため・競走のため・戦争に使うため・ペットとして可愛がるためなど、目的に合わせて様々な品種がつくられてきました。
競争に特化した「サラブレッド」という品種は、馬のことをあまり知らない方でも聞いたことがあるのではないでしょうか。
その中で「日本在来馬」と呼ばれるものとして現存しているのは、北海道和種、木曽馬、野間馬、対州馬、御崎馬、トカラ馬、宮古馬、与那国馬の8種類です。

とはいえこの馬たちは“日本原産の馬”というわけではなく、古墳時代以降にアジア大陸から交易などを通じてやってきた、モンゴル在来馬系の馬の子孫といわれています。
それがしだいに日本全国各地、その土地の気候風土や文化に合わせて人々とともに暮らすうち、それぞれの品種で少しずつ違った特徴をもつようになりました。
これが“日本固有の馬”として『日本在来馬』と呼ばれています。
江戸時代には比較的大きめの馬は軍馬となり、小さめの馬が農家に払い下げられていました。
今残っている日本在来馬たちは、その多くが昔は農業をするためや荷物を運ぶために飼われていた馬の子孫です。
農家としても小柄な馬の方が扱いやすかったため、その子孫として現存する在来馬も小型〜中型のポニーサイズとなっています。
※ポニーというのは馬の品種ではなく、体高(地面から肩までの高さ)が147cm以下の馬の総称です。
体は小さいけれど、蹄鉄がいらないほどひづめが固く、栄養の少ないご飯でも耐えられる、丈夫で働き者のお馬さんたちです。

サラブレッド | 北海道和種 | 木曽馬 | 野間馬 | 対州馬 | 御崎馬 | トカラ馬 | 宮古馬 | 与那国馬 | |
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ふるさと | イギリス | 北海道 道南地域 | 長野県 木曽地域 | 愛媛県 野間地方 | 長崎県 対馬島 | 宮崎県 都井岬 | 鹿児島県 トカラ列島 | 沖縄県 宮古島 | 沖縄県 与那国島 |
体高 (cm) | 160~162 | 123~130 | 125~143 | 90~120 | 125~135 | 130 | 110~120 | 110~120 | 110~120 |
体重 (kg) | 競馬460~470 乗馬500~520 | 350~400 | 350~420 | 150 | 200~300 | 200~300 | 190 | 200 | 200 |
登録頭数(2023) | 日本国内での 年間生産頭数 7,798 | 1,143 | 128 | 52 | 44 | 92 | 90 | 48 | 110 |
保護指定 | – | 北海道 文化遺産 | 長野県 天然記念物 | 今治市 天然記念物 | 対馬市 天然記念物 | 国指定 天然記念物 | 鹿児島県 天然記念物 (中之島の馬) | 沖縄県 天然記念物 | 与那国町 天然記念物 |
かつては南部馬や三河馬などほかにも日本在来馬がいましたが、絶滅してしまいました。
そして現存する8種の日本在来馬も今とても頭数が少なくなっていて、絶滅の危機に瀕しています。
公益社団法人日本馬事協会では、種の保存のため血統登録・繁殖登録を行っており、以下の要件を満たした馬が「日本在来馬」として登録申請できることになっています。
純粋種の外見的特徴の代表的なものとして「白斑(白い模様)がないこと」が挙げられます。
ただし対州馬に関しては頭数を増やすことが最優先課題であるため、白斑がある馬でも繁殖に使うことが認められています。
どうしてこんなに減ってしまったの?
日本在来馬が頭数を減らした原因は、大きく分けて2つあります。
1つ目は、明治時代以降になって軍事強化のために馬の大型化が求められるようになったことです。
まずは1901(明治34)年『馬匹去勢法』によって、種牡馬及び将来の種牡馬候補以外の牡馬は全て去勢することが定められました。
さらに1939(昭和14)年『馬種統制法』により馬の種付けは国家の独占事業となり、民間の自由な馬匹生産は規制されるようになりました。
こうして国を挙げて外国産の大型馬との交配が行われ、純血の日本在来馬は短期間に頭数を減らすことになり、絶滅する馬種もあったのです。
2つ目は戦後のモータリゼーション、つまり農業・林業などの産業や交通の機械化が一気に進んだことです。
農山間地や離島で細々と生き残っていた日本在来馬たちも、機械化が進むことによって仕事を失い、さらに頭数の減少が加速することとなりました。

どうして守らなくちゃいけないの?
馬だったら、サラブレッドがたくさんいるからそれでいいのでは?と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。
こうした外国原産の馬とは別に、あえて日本在来馬を守らなければならない理由は何でしょうか。
こちらに関しても、大きく分けて2つの理由が挙げられます。
ひとつは、地球上の生き物たちの豊かな個性とつながり「生物多様性」を保つため、これ以上生き物の種類を減らさないようにしなくてはいけないからです。
もうひとつは、わたしたちのご先祖様が紡いできた日本の文化を現代に、そしてこの先の未来に伝える存在として、「文化的価値」があるからです。

ただ、まずは日本在来馬を守りたい理由が「かわいいから!」で充分だとも思います。
愛くるしい日本在来馬たちに二度と会えなくなってしまうのは嫌だ、と思うこと。
そしてもっと日本在来馬について知りたいと思うこと。
あなたのその一歩が、日本在来馬を守ることにつながるのではないでしょうか。
どんどん繁殖させて数を増やせばいいのでは?
単純にたくさん子馬を産ませて数を増やせば解決なのでは?と思う方もいらっしゃるでしょうか。
ところが、そう簡単にはいかない事情があります。
馬1頭が快適に暮らすには1ヘクタール、つまり100m×100mの土地が必要だといわれることもあります。
たった1頭でこれですから、それぞれの日本在来馬のふるさとの土地だけでは安心で快適に暮らせる馬の数に限度があることは想像できますね。
実際、野間馬の飼育地内での頭数が80頭を超えた時には、闘争によるケガや死亡事故が起きたり、疝痛で体調を崩す馬が増えたりしたことがあり、現在は適正な飼育頭数を50~60頭に制限しているという例もあります。
そもそも、飼育できる面積に限界がある離島に暮らす馬たちもいるのです。

また日本在来馬の場合、その遺伝的価値、つまり“その在来馬らしさ”というのも重要な点になります。
とにかく数を増やそうとして遺伝的にそれほど近くない品種まで繁殖に取り入れてしまったらどうなるでしょう?
代を重ねるごとに混血が進み、そのうち見た目的にも遺伝的にも“その在来馬らしさ”が失われ、価値が損なわれることになりかねません。
そうならないために、公益社団法人日本馬事協会や各保存会によって血統登録・繁殖登録などの管理が行われるようになってきています。
北海道にある独立行政法人家畜改良センター十勝牧場では、実際に飼養したり凍結精液を保存したりすることによって遺伝資源が失われることを防ぐことを目的に「ジーンバンク事業」を行っています。
研修やインターンシップの募集もあり、教育機関・畜産・酪農関係団体の方は家畜基地内の見学も可能とのことです。
ただし、狭いグループの中だけで繁殖を繰り返すことで近親交配のリスクが高まります。
近親交配とは、親子やきょうだいなど血縁関係の近い馬どうしで子どもをつくることです。
そうすると似たような遺伝子を持つ馬しかいなくなってしまったり、体の弱い馬が生まれやすくなったりして、結果的に絶滅につながる恐れもあります。
さらに“その在来馬らしさ”を保とうとするあまり、飼育する地域を極端に限定した場合に起こり得る弊害もあります。
例えば、あるひとつの土地でしかその在来馬を飼育していなかったとして、そこで災害や伝染病や寄生虫が発生した場合です。
こうしたリスクを回避するために、“その在来馬らしさ”を保ちながらも、その在来馬のふるさと以外の複数の土地で頭数を増やす取り組みが行われ始めています。
今後も日本在来馬のふるさとと協力してくれる他の地域との連携を強めるとともに、しっかりとその意図を理解した上で協力してくれる地域を新たに増やすことも重要です。
日本在来馬を増やすにはどうしたらいいの?
日本在来馬を守るため、各地で保存会が立ち上がり、様々な普及啓発活動に取り組んでいます。
希少な動物種の支援といえばそういった団体へ寄付をしたり、あるいは飼育施設へボランティアに行ったりということが考えられますね。
ただ、そうした寄付やボランティアはどうしても「一時的」なものです。
そうではなく「継続的」に日本在来馬を守り、増やしていくにはどうしたらよいのでしょうか。
その答えのひとつが、日本在来馬にビジネスとしてお金を産みだす存在になってもらうことです。
一部地域では、昔のように農耕や林業で日本在来馬を利用する取り組みが行われています。
より自然に近い方法で作られた農産物としてブランド化したり、機械では入れない山間地での作業を請け負ったりすることで収益を上げられる可能性もあります。
そして今、新しいお仕事として注目されているのが「ホースセラピー」です。
日本在来馬の体高は100~135cm程度と馬の中では小柄です。
そのため、初めて馬に乗る人や子ども、恐怖心が大きくなりやすいタイプの人であっても、高さがないぶん負担が少なくて済みますし、安全性も高まります。
もちろん日本在来馬にもそれぞれ個性があり、繁殖期など時期的な波もありますが、基本的には温厚な性格で人の指示に素直に従うお馬さんが多いともいわれています。
「ホースセラピー」という言葉を聞き慣れない方もいらっしゃると思いますが、一般に犬猫やイルカを使って行われるいわゆる「アニマルセラピー」の馬バージョンと考えてください。
2025年現在、日本ではホースセラピーの定義や解釈に統一されたものはありません。
乗馬や馬とのふれあい、または観察や馬のお世話などを通じて癒しや学びを得る活動のことをざっくり「ホースセラピー」と呼んでいます。

このほかにも日本在来馬のいる各地域では、地域おこしや自然教育・研究、トレッキングや流鏑馬(やぶさめ)、さらには災害救助馬など、現代社会に合った新たな活躍の場を作ろうと試行錯誤されているところです。
ほかに何か日本在来馬のお仕事になるようなことはないでしょうか?
みなさんもぜひ一緒に考えてみてください。